医療訴訟とは、医療行為に関する民事訴訟のことで、裁判のなかでも専門性の高い訴訟として扱われます。
近年、医療訴訟の件数は増加傾向にあります。
審理が長期化することも多く、医師・病院側をはじめ、患者やその家族にとっても、大きな負担にもなりかねないので、できたら避けたいものです。
今回は、医療訴訟に発展させないためのポイントと、訴訟が始まってしまったケースについて説明します。
新規の事件数は増加傾向に。医療訴訟の現状
最高裁判所が公表している『医事関係訴訟に関する統計』によると、新規の事件数(保全事件を除く)はここ数年、増加傾向にあります。
2018年は773件だったのに対し、翌年は828件、2020年には834件(速報値)になりました。
これは医事関係訴訟事件に限った数字なので、実際に起きている医療行為を巡るトラブルは、これよりも多いと考えられます。
『医事関係訴訟事件(地裁)の診療科目別既済件数』をみると、2020年(速報値)の件数は、内科が174件で最も多く、全体の26.9%を占めており、外科は78件で12.1%、歯科は76件で11.7%、整形外科が73件で11.3%でした。
この4つの診療科目が、訴訟件数の6割を占めており、比較的訴訟件数が多いといえるでしょう。
医療訴訟が増えている原因は様々ですが、インターネットなどを通じて多くの情報が手に入るようになり、医療に対する国民の意識が変化していることや、マスコミの報道、訴訟に対する心理的なハードルが下がったことなどが考えられます。
一方で、医療訴訟における原告勝訴率は、割合にしておよそ3~4割ほどです。
一般的な民事訴訟の原告勝訴率が7~8割なので、原告側である患者やその家族が勝訴する割合は比較的低いことがわかります。
なぜなら、医療訴訟は通常、原告である患者側が医療機関によるミスであることを立証しなければならないからです。
その際、問題点や責任を指摘するための専門知識も必要で、協力してくれる専門家や証拠となる資料も自ら集めなければなりません。
ただ、訴訟に発展する前に、示談となって和解するケースが多いのも事実です。
訴訟まで至るケースでは、医師側の過失が明らかになっていない場合や、経緯の複雑な事案であることが多いため、これも原告側の勝訴率を低くしている理由となっています。
訴訟は、多くの場合高額な費用がかかりますし、審理の期間も長くなる傾向にあります。
医事関係訴訟に関する統計における、2020年の平均審理期間(月)は26.1月(速報値)となっており、平均的な期間として2年以上も審理に時間がかかることになります。
それでも、患者やその家族が医療訴訟に踏み切るのは、“真実を明らかにしたい”“医師に謝罪してもらいたい”という思いがあるからにほかなりません。
説明責任を果たして患者の理解を得るには
医療訴訟を避けるためには、医療ミスを起こさないのは当然ですが、医師側も患者に対する説明責任を果たし、信頼関係を築いて置くことが大切です。
患者には、自身の命や身体をどう維持していくかを決める『自己決定権』がありますが、この権利を行使するには、医師側の治療行為に対する説明が不可欠です。
説明する際は、専門用語はなるべく使わず、やさしく誰にでも分かる言葉で伝えましょう。
医師が説明義務を果たしたと思っていても、患者には伝わっていなかったり、理解されていなかったりする場合も多いようです。
認識のズレを放置しておくと、医師への不信感が生まれ、何かがあったときに医療訴訟に発展する可能性もあります。
患者だけでなく、その家族も含めて、知っているべき人には伝わるようにしましょう。
医師側が“説明したかどうか”ではなく、患者側が“理解したかどうか”という視点で考えるとよいでしょう。
逆に、説明責任を果たしておらず、原告側の主張に対して反論できないと、たとえ正しく合理的な治療法を選んでいたとしても、責任を問われることになりかねません。
また、普段からチーム体制を強化し、全員で患者のフォローを行える状態にしておくことも、医療訴訟を避けるための重要なリスクマネージメントです。
多くの患者を診ていくなかで、医師一人では、どうしても後手に回ってしまうことがあります。
チーム力を重視し、医療スタッフと患者とのコミュニケーションをスムーズにすることが、医療ミスの防止にもつながります。
医療訴訟が始まると、患者・病院のどちらも多大なコストを払うことになります。
普段から、現場のチーム体制を整えると共に、日頃から患者との信頼関係を大切にしましょう。
※本記事の記載内容は、2022年1月現在の法令・情報等に基づいています。