労働者自身の意思表示による退職については、労働法ではなく、民法の定めにより進めることになります。
そもそも憲法では『職業選択の自由』が認められており、企業にこれを侵害する権利はありません。
自社に必要な人材であればあらゆる手段を講じて引き止めたくなるものですが、強引なやり方をすると法令違反になることもあります。
退職希望者を引き止める際、行ってはいけないことについて解説します。
退職を決めた労働者の慰留成功率は低い
民法の定めにより、正社員など『期間の定めのない雇用契約』を結んでいる労働者は、2週間前に退職の意思を告げることで、退職してもよいことになっています。
たとえ就業規則に『退職する際は1カ月前に告げること』と記されていても、民法が優先されます。
一方、契約社員など『期間の定めのある雇用契約』の労働者は、雇用期間が終了するまで退職できません。
しかし、病気や怪我、介護や出産など『やむを得ない事由』があれば、退職が認められています。
退職とは、労使間で締結した労働契約を解除することを意味し、基本的には労働者の意思が優先されます。
使用者である企業側が契約の解除を無効にすることはできません。
将来性のある有望な社員が辞めてしまうことで、会社内の士気が下がることもあります。
連鎖的に退職が続き、人手不足に陥ってしまうこともあるでしょう。
これまでかけた育成コストが無駄になってしまうという可能性もあります。
しかし、辞めようとしている社員を無理に引き止めるのはおすすめできません。
退職を思いとどまらせるための会社側の対応を『慰留対応』と呼びますが、その成功率は1割にも満たないといわれています。
つまり、一度退職の意思を固めた社員に退職を思いとどまらせるのは、ほぼ不可能に近いのです。
唯一、退職を引き止めることができるのは、退職しようかどうか迷っている社員から相談を受けたときです。
人間関係が退職の理由であれば部署異動を提案したり、条件面が理由であれば新しい条件を提示したりと、話し合いによって何らかの解決策を探ることもできるでしょう。
しかし、すでに退職を決めている社員に対しては、こうした話し合いもあまり意味がありません。
基本的には、会社の改善点をヒアリングするなどして、次の退職者を出さないための前向きな取り組みにつなげていくことをおすすめします。
労働法に抵触する在職強要
強引な方法で退職希望者を引き止めるのは『在職強要』と呼ばれ、労働法に抵触する可能性があります。
たとえば、「退職するなら未払い分の給与を支払わない」「退職金を支払わない」などの脅し文句は、労働基準法違反となります。
すでに働いている分の賃金は、労働者に全額支払うのが当然です。
また、退職金に関しても、あらかじめ就業規則などで定めている場合は滞りなく支払う義務があります。
もし、賃金を支払わないなどして従業員に嫌がらせをしてしまった場合、支払いが遅れた期間に対して遅延損害金が発生するので注意が必要です。
同様に「退職するなら有休消化を認めない」も、労働基準法違反です。
有給休暇の取得は、労働基準法第39条で定められた労働者の権利であり、会社側は取得を拒否することができません。
また、「辞めるなら懲戒解雇にする」という引き止め方も有効ではありません。
懲戒解雇は、労働者の横領や機密漏洩など懲戒解雇に相当する理由がなければ全て無効になります。
ほかにも「離職票を発行しない」や「損害賠償請求をする」といった脅しも、当然認められません。
離職票はハローワークからも交付できますし、労働者側が損害賠償責任を負わされるのは極稀なケースです。
労働基準法第5条では、『使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神または身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない』と定めています。
在職強要が行き過ぎると、この労働基準法第5条に違反することになり、会社に対して1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金が科される可能性もあります。
従業員の離職は会社にとって損失となりますが、無理な引き止めは法律的に禁止されています。
もし、従業員の意思が固まっているのであれば、その人が退職することを早めに周知して、業務の引き継ぎなど必要なことをひとつずつ行っていきましょう。
※本記事の記載内容は、2022年5月現在の法令・情報等に基づいています。