過去を懐かしむことや、懐かしいという感情を抱くことを、フランス語でノスタルジー(nostalgie)、英語でノスタルジア(nostalgia)といいます。
日本語では、『懐古』や『追憶』などと訳されます。
近年、『古きよき時代』に対する郷愁をコンセプトにし、売り上げにつなげるマーケティング施策が増えてきました。
いわゆる『ノスタルジーマーケティング』といわれるこの手法は、もともと、中高年層を狙ったものでしたが、最近ではその時代を知らない若年層向けにも、取り入れられています。
中高年世代には懐かしく、若い世代には新鮮に映る、ノスタルジーマーケティングについて説明します。
“懐かしさ”が訴求するカギになる?
2021年5月に埼玉県の所沢にある西武園ゆうえんちがリニューアルオープンし、そのなかの一角に昭和レトロをテーマにした『夕日の丘商店街』が新設されました。
1960年代の商店街をイメージしたこのアーケードでは、ショッピングや食事はもちろん、バナナのたたき売りや紙芝居など、今では見ることがなくなった昭和のカルチャーを疑似体験することができます。
この大胆なリニューアルはさまざまなメディアでも取り上げられ、大きな注目を集めました。
リニューアル前は減少傾向にあった来場者数も増えつつあり、この時代を知らない若年層も大勢訪れています。
2021年は西武園ゆうえんち以外にも、さまざまなアイテムやコンテンツで昭和・平成レトロが流行の兆しを見せました。
雑誌『日経トレンディ』の『2021年ヒット商品ベスト30』には、4位に『昭和・平成レトロブーム』が選ばれています。
ラジカセや使い捨てカメラの再ブーム、昭和の懐メロのCMへの起用、お菓子のレトロパッケージ、ゲームウォッチやミニ筐体(きょうたい)などゲーム機のリバイバルも注目を集めました。
これらの懐かしい商品やサービスが流行る背景には、消費者の深層心理が関係しています。
人は、自分と関係が深いものに好意を抱くという本能的な性質があります。
心理学では、『インボルブメント』と呼ばれ、日本語では『自我関与効果』と訳すことができます。
多くの人が一度も手に取ったことのない商品より、過去に何度か買ったおなじみの商品を選んでしまうのも、このインボルブメントという心の動きによるものです。
ユーザーが青春時代を過ごした時代のアイテムやコンテンツに対しては当然、思い入れも強く、また昔の記憶も呼び起こされるため、インボルブメントが強く働き、購買意欲につながる可能性が高くなるのです。
また、多くのコンテンツが一瞬で消費されてしまう現代社会においては、ユーザーが昔と変わらないノスタルジックな商品やサービスに“安心感”や“癒やし”を感じるという側面もあります。
脳科学的にも、懐かしさを感じることはストレスを解消したり、幸福感を得たりする効果があることがわかっています。
タイミングとターゲットが重要
日本心理学会の英文学術誌に掲載された論文では、懐かしさを呼び起こすには、過去の繰り返しの経験と長い空白時間が必要だとされています。
また、昔を懐かしむ傾向は加齢と共に上昇していき、男性のほうがややその傾向が強いこともわかりました。
最近では、昭和を知らない若い層に訴求するタイプのノスタルジーマーケティングにスポットライトが当たりがちですが、『懐かしさ』に惹かれる傾向は高齢層の男性で最も強いことから、あえて20~30代ではなく40代や50代、女性より男性をターゲットにするという戦略も可能かもしれません。
ただし、ノスタルジーマーケティングは、内容によっては『ターゲットにすぐ飽きられてしまう』というリスクもあります。
たとえば、昭和初期のものを再現した商品を発売したとしても、ずっと同じターゲット層に、同じようなコンセプトの商品を供給し続けていては、目新しさがなくなるというリスクがあります。
同じものを作り続けているだけでは、少しづつ離脱する人が出てきてしまうのです。
最初の『懐かしい』という感情が消えたあとに、どうターゲットを引き留めるか、または全く別のターゲットを探すのか、といった戦略も含めた計画を考えておくほうがよいでしょう。
ノスタルジーマーケティングは、顧客とつながるきっかけとしても有効です。
これらのリスクも踏まえながら、ノスタルジーを感じさせる商品の企画を立ててみてもよいでしょう。
※本記事の記載内容は、2022年2月現在の法令・情報等に基づいています。